フレミング博士は当時の英国の医師倫理規定に違反して,新聞雑誌に自己宣伝
をおこなった。 これに対して英国医師会は処罰をせず,またペニシリン療法
開発をめぐる誤った新聞雑誌報道に対して何の手も打ちませんでした。
その大きな理由の1つは,この誤った報道で利益を得た人間が,フレミング博
士の所属していた聖メアリー病院にいたこと。1人は直接の上司であったライ
ト博士,もう1人は当時のチャーチル首相の主治医であり聖メアリー病院医学
校の責任者であったモーラン博士です。
残念なことにフローリー博士には医師会ないし科学界の上層部の援護がなかっ
たことです。
医者,医学者,他分野の科学者は,一般人と異なり,その能力の一部ですぐれ
た才能をもった人が多いは事実ですが,人格としては問題のある人間が多いの
も事実で,天は2物を与えず。
フローリー博士はオーストラリアのアデレイド生まれで生粋の英国人ではあり
ません。優れた研究をおこなって成功した人間に対して素直に賞賛する人がい
ると同時に,逆にうまくやったという嫉妬心を持つ人間が足をしばしばひっぱ
るのはどの分野の職業にも時代が変われどいるものです。
新聞雑誌の誤った報道で傷つけられる事態は,60年以上もたった現在の日本
でもまったく状況が変わらないのは困ったことです。
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フローリーはけっしてなにもしなかったのではない。1942年12月11日,
王立協会の会長ヘンリー・ダーレ卿に手紙をかいた。
『 あなたも知ってのとおりペニシリンについて新聞雑誌社によって
望ましからざる公表がたくさんなされてきた。わたしはこれまで信念
をもって新聞雑誌のインタビューには応じてこなかった。ガードナー
教授はその態度が誤っていると私にいった。フレミングからの私へ手紙
では、彼自身が同じことをしようと努力していると言った。だからこれ
で新聞の公表は止むであろうと思った。私は彼の言葉を額面どおりに受
け取った。
しかしBBC放送の総局長や、聖メアリー病院の幾人かによれば、フレミ
ングはペニシリンの仕事を全て自分で予見してやったかのように自己宣
伝しているとのことである。わたしの意味するところは、Britain Todayに
でたフレミングの写真とその記事。この続いている宣伝は科学界の人間
ですら影響をうけている。(しかしあなたもまた、ペニシリンについて
は少し仕事をしたね)と。 』
そして、つづけて手紙の中で、真実を明らかにした論文を公表すること
についての意見をダーレもとめた。これに対しダーレはフレミングに反駁
することのないようにフローリーに頼んだ。フローリーが王立協会の評議
員であり、フレミングいまその候補者となっている時に2人の対立は好ま
しくないとダーレは判断した。だからフローリーはその後も黙したままで
あった。だがその後もフレミング神話は国際的規模まで拡大した。
1944年6月19日 フローリーは医学研究協議会の書記であるメランバイに
手紙を書いた。
『 親愛なるメランバイ
この手紙を書いたのはあなたの手助けをもとめるからだ。私にはとても耐
えられる状態ではない。ここオックスフォードの我々をずーとイライラさ
せてきた原因は---無節操なキャンペーン。ペニシリンの仕事の総てが聖メ
アリー病院のフレミングによってなされたとのキャンペーン------ 。
私のポリシーとして,これまで新聞雑誌記者のインタビューや、電話によ
る問い合せにも一切応じてこなかった。反対にフレミングはなんらの制止
もなくインタビューにでて写真をとられ-------云々。写真の見出しは
『彼はペニシリンの発見者(事実だ)。その化学療法の発見へと導くすべ
ての仕事をした(事実でない)。
いかにこれが不公平であるかあなたは分かっておられるはずです。”なぜ
困惑するのか”があなたの答え。私はしばしば周りの人々からなぜ何もし
ないのか?と尋ねられる。私は新聞に公表する意志はありませんし権利
もありません。私が提案できることはペニシリンがいかにして医学に導
入されたかの事実を明らかにした声明を医学研究協議会から発表される
ことです。 敬具 』
6月20日付のメランバイの返事
『 親愛なるフローリー
ペニシリン発見の大衆の歓喜を持上げるフレミングの尋常でない態度で、
あなたと同僚がむつかしい立場にたっていることについて話しをもてた
のは私の喜びです。この前言ったように、新聞に無言であり、またあな
たの研究室でやった仕事をすべてフレミングに割り当てられたのは寛大で、
すばらしい。短期あるいは長期的見地から判断しても望ましい。
この国や他の国の科学者はこの事態を正確にとらえている。みんなわかっ
ている。科学的見地からも、あなたと同僚の仕事は、フレミングより遥か
に高いレベルにあることがわかっている。あなたの立場をイライラさせて
いるのは理解できるが,しかしこれは束の間の反応だということは分かっ
ていると思う。吐き気を催すのでなく飲み込まれるのがよい。新聞雑誌の
一時的キャンペーンは笑顔でやり過ごせばよい。 敬具 』
この手紙はフローリーとオックスフォードの同僚にはなんの慰みにもな
らなかった。メランバイは医学研究協議会がこの騒動に巻き込まれるのを
明らかに避けた点、またこれは一時的な反応だという認識はあきらかに間
違っていた。ときの指導的な科学者の影響を過大評価しすぎ、新聞雑誌の
力を過小評価していたと言わざるをえない。
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Gwyn Macfarlane, Howard Florey- the making of a great scientist,
1980, Oxford University press. から翻訳。
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