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ペニシリンをめぐる当時の英国の新聞報道(その2)
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フレミング博士は1928年にペニシリンを発見した後,ヒトの感染症に
使用するための研究を続行しませんでした。 1942年聖メアリー病院
にいたフレミングはフロリーに精製したペニシリンの提供を頼みます。
フロリーはペニシリンを聖メアリー病院に持参して,その投与法を
フレミングに教えます。
聖メアリー病院に入院中の化膿性髄膜炎の患者は見事に治癒しました
が,その後の新聞報道が正確ではありませんでした。
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1942年8月5日 聖メアリー病院のフレミングはオックスフォード大学
のフローリー教授に電話をした。
彼の友人がここ7週間,聖メアリー病院に入院中で、現在は連鎖球菌に
よる髄膜炎になり状態が悪化していると,そしてペニシリンの提供を頼
んだ。フローリーはすぐ、研究室にあったペニシリンのストックをもっ
てロンドン行きの列車に乗り,フレミングにその使用法を教示した。
6日間指示どおりに投与されたが効果なし。ペニシリンが脳脊髄腔には
達していないのだ。フローリーの指示でこんどは直接髄注(腰椎穿刺し
髄膜腔に注射する)したところ患者は回復した。これはヒトへはじめて
ペニシリンを髄注した症例であった。もちろんそれ以前にフローリーは
動物では行っていた。この成果はオックスフォード大学の治療例に加え
るということで2人は同意した。
髄膜炎の患者が助かったことは聖メアリー病院中を興奮にまきこんだ。
タイムズは”奇跡的治癒”と一面報道し,記事のなかで研究者の名前は出
さないでオックスフォード大学の仕事であると報じた。
8月31日 聖メアリー病院のフレミングの上司であったライト博士は
すぐタイムズの編集者に手紙を出した。
『 昨日の貴社のペニシリンの記事は、この栄誉が誰に
-------与えられるべきかに関しては何も書かれていない。
-------この栄誉はフレミング教授にあたえられるべきだ。
--------彼はペニシリンの発見者でありまた医学に応用で
--------きる可能性を最初に示唆した人である 』
この記事のあと、聖メアリー病院に報道陣が押し寄せた。フレミング
のインタビューはその夜のイブニングスタンダードに記事となり,翌日
には各社の朝刊にペニシリンの発見とその驚くべき効果の記事が出た。
News Chronicleはフレミングを”今週の人”として取り上げた。
9月1日 ロビンソン卿はライト博士に答える形でタイムに投稿した。
----------『 もしフレミングに栄誉が与えられるなら、それは花束だ。
---------------王冠はハワード、フローリー教授にあたえられるべきだ 』
翌日、今度はオックスフォードに報道陣が押し寄せた。しかしフロー
リーは面会を拒否した。これは彼は公衆の前にでるのを好まなかったか
らではない。ペニシリンのセンセイショナルな報道をすれば、人々の要
求の声がすぐあがるがそれに応えられるペニシリン供給の状態にはない、
かえって人々に失望をもたらすと考えていたからだ。また世のスポット
ライトを浴びることは研究者に混乱と研究の中断をもたらすことを以前
の経験から知っていたからだ。ドレイヤーの事件を思い出したかもしれ
ない。
当時は、医者が個人的にプレスのインタビューに応じて、自分の業績
を宣伝することは倫理的自己規制があったし、General Medical Council
はそのような医者には免許取り消し処分をしていたのであった。フローリ
ーは開業医でも病院の臨床医でもなかったからその義務に服する必要が
なかった。しかし彼は医学に奉仕する身として職業倫理をもっていた。
だから新聞記者もプレスも当時はすぐに引き下がった。今ほど執拗に追い
掛け回すということは当時の新聞雑誌記者にはなかった。
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Gwyn Macfarlane, Howard Florey- the making of a great scientist,
1980, Oxford University press. から翻訳。
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