Monday, September 20, 2010
ペニシリン(その9):その静菌作用
写真: ガードナー教授,オックスフォード大学
--------------------------------------
天然ペニシリンの静菌作用
--------------------------------------
(ガードナー教授により1941年ランセットに発表された報告から抜粋。
Abraham EP, Chain E, Fletcher CM, Florey HW,Gardner AD,
Heatley NG, Jennings MA,: Further obsevations on Penicillin.
The Lancet 238:177-188,August 16, 1941 。
当時の精製度からは,4種類のペニシリンの内,大部分はpenicillin II =penicillin G
を含有していたと推測される)
現在の抗生物質感受性テスト(デスク法;
左のデスクの周囲は菌の増殖が阻止されている)
1)効果の大きい順番に:
ーーーーーNeiserria gonorrhae (リン菌)
ーーーーーNeiserria meningitidis (髄膜炎菌)
ーーーーーStaphylococcus aureus (黄色ブドウ球菌)
ーーーーーStreptococcus pyogenes
ーーーーーBacillus anthracis (炭疽菌)
ーーーーーA.bovis(hominis)
ーーーーーClostridium tatani(破傷風菌)
ーーーーーClostridium welchii
ーーーーーStreptococcus viridans
ーーーーーClostridium diphtheriae(ジフテリア菌)
ーーーーーSalmonella typhi (チフス菌)
2)血清型により感受性がことなるもの: Pneumococcus
3)効果のない細菌;
ーーViblio cholerae (コレラ菌)
ーーBact. coli (大腸菌)
ーーMycobacterium tuberculosis(結核菌)
質問,問い合わせ先:
〒755ー0097
山口県 宇部市 常盤台1丁目20−2
上宇部こどもクリニック 萩原啓二
電話: 0836-29-1155
Fax: 0836-29-1156
E-mail: keijihagiwara@gmail.com
ペニシリン(その8):1941年ペニシリン治療10例の発表
写真: ハワード・フローリー博士(1898−1968),ペミシリン療法の開発者。
----------Gwyn Macfarlane: Howard Florey, the making of a great scientist.
----------1980, Oxford University press.
-------------------------------------------------------------------------
オックスフォード大学での ペニシリン療法の開発
------------------------------------------------------------------------
1941年8月 英国の医学雑誌ランセットはオックスフォード大学の研究者
によってなされたペニシリンについての論文を掲載しました。
Abraham EP, Chain E, Fletcher CM, Florey HW,Gardner AD, Heatley NG, Jennings MA,
: Further obsevations on Pniecillin. The Lancet, 238:177-188, August 16, 1941.
1941年当時は,蜂窩組織炎,肺炎,ガス壊疽,敗血症などの細菌感染症の治療
にはドイツのドマーク博士らにより開発されたサルファ剤があるだけでその効
果は不十分でした。
論文は青カビが分泌する抗細菌物質(antibiotics=抗生物質)が細菌感染症
の治療に有効であることを世界で初めて示した歴史的なものです。わずか13
ページの論文で,臨床面の記載は3ページ半,8ページをペニシリンの基礎
面の研究報告に割いています。
今日の研究者ならまずペニシリンの製造特許をとり生産のノウハウは公開し
ないでしょう。論文も最低3つぐらいに分割されて,それぞれの専門分野の
雑誌に出すでしょう。
論文の記載内容は,
i) ペニシリン・カビの培養法,
ii)ペニシリン活性のアッセイ法
iii)培養液からのペニシリン抽出法
iv)32種類の細菌にたいするペニシリンの静菌作用
v)ヒト白血球,動物組織に対する影響
vi)マウス,ウサギ,猫,ヒトでのペニシリンの吸収と排泄。
vii)10例のヒト細菌感染症の治験
------① 43才:顔面,頭皮,眼窩部の蜂窩組織炎(ブドウ球菌と連鎖球菌)
------②15才:敗血症(連鎖球菌)
------③48才:皮下膿瘍(ブドウ球菌)
------④4才:眼窩部の蜂窩組織炎と髄膜炎(ブドウ球菌)
------⑤14才:骨髄炎と敗血症(ブドウ球菌)
------⑥6ヵ月:尿路感染症(ブドウ球菌)
------⑦ 32才:角膜潰瘍(ブドウ球菌)
------⑧19才:顔面の膿痂疹,結膜炎
------⑨24才:左眼の異物と結膜炎
------⑩20才:化膿性結膜炎
研究はチェインとフローリーにより計画され,生化学面は主としてチエインとア
ブラハム。ヒートレイがペニシリンのアッセイ,生産管理と改善。ジェニングと
フローリーは動物実験。ガードナーは微生物学。フレッチャーが臨床を担当
しました。研究費はMedical Research Council と Rockfeller foundationから
出されています。論文の著者はアルファベット順にしています。
この研究がドイツあるいはアメリカでなく,戦時の物資の乏しいの英国で,1つの
研究室に行われました。歴史を振り返れば,このペニシリン治療の開発のみならず,
すぐれた研究はりっぱな施設設備のあるところで生まれたためしがありません。
また,先駆者に共通していることは,取り憑かれたように研究に熱中し,物の不足
と周りの劣悪な環境に対しての不満をけっして口にしていないことです。
生命科学を専攻している学生,若い研究者の方,是非このランセット論文を読ま
れ,フローリー教授をはじめとした,このオックスフォード大学の研究者達の熱
意と情熱を汲み取られんことを。
質問,問い合わせ先:
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----------Gwyn Macfarlane: Howard Florey, the making of a great scientist.
----------1980, Oxford University press.
-------------------------------------------------------------------------
オックスフォード大学での ペニシリン療法の開発
------------------------------------------------------------------------
1941年8月 英国の医学雑誌ランセットはオックスフォード大学の研究者
によってなされたペニシリンについての論文を掲載しました。
Abraham EP, Chain E, Fletcher CM, Florey HW,Gardner AD, Heatley NG, Jennings MA,
: Further obsevations on Pniecillin. The Lancet, 238:177-188, August 16, 1941.
1941年当時は,蜂窩組織炎,肺炎,ガス壊疽,敗血症などの細菌感染症の治療
にはドイツのドマーク博士らにより開発されたサルファ剤があるだけでその効
果は不十分でした。
論文は青カビが分泌する抗細菌物質(antibiotics=抗生物質)が細菌感染症
の治療に有効であることを世界で初めて示した歴史的なものです。わずか13
ページの論文で,臨床面の記載は3ページ半,8ページをペニシリンの基礎
面の研究報告に割いています。
今日の研究者ならまずペニシリンの製造特許をとり生産のノウハウは公開し
ないでしょう。論文も最低3つぐらいに分割されて,それぞれの専門分野の
雑誌に出すでしょう。
論文の記載内容は,
i) ペニシリン・カビの培養法,
ii)ペニシリン活性のアッセイ法
iii)培養液からのペニシリン抽出法
iv)32種類の細菌にたいするペニシリンの静菌作用
v)ヒト白血球,動物組織に対する影響
vi)マウス,ウサギ,猫,ヒトでのペニシリンの吸収と排泄。
vii)10例のヒト細菌感染症の治験
------① 43才:顔面,頭皮,眼窩部の蜂窩組織炎(ブドウ球菌と連鎖球菌)
------②15才:敗血症(連鎖球菌)
------③48才:皮下膿瘍(ブドウ球菌)
------④4才:眼窩部の蜂窩組織炎と髄膜炎(ブドウ球菌)
------⑤14才:骨髄炎と敗血症(ブドウ球菌)
------⑥6ヵ月:尿路感染症(ブドウ球菌)
------⑦ 32才:角膜潰瘍(ブドウ球菌)
------⑧19才:顔面の膿痂疹,結膜炎
------⑨24才:左眼の異物と結膜炎
------⑩20才:化膿性結膜炎
研究はチェインとフローリーにより計画され,生化学面は主としてチエインとア
ブラハム。ヒートレイがペニシリンのアッセイ,生産管理と改善。ジェニングと
フローリーは動物実験。ガードナーは微生物学。フレッチャーが臨床を担当
しました。研究費はMedical Research Council と Rockfeller foundationから
出されています。論文の著者はアルファベット順にしています。
この研究がドイツあるいはアメリカでなく,戦時の物資の乏しいの英国で,1つの
研究室に行われました。歴史を振り返れば,このペニシリン治療の開発のみならず,
すぐれた研究はりっぱな施設設備のあるところで生まれたためしがありません。
また,先駆者に共通していることは,取り憑かれたように研究に熱中し,物の不足
と周りの劣悪な環境に対しての不満をけっして口にしていないことです。
生命科学を専攻している学生,若い研究者の方,是非このランセット論文を読ま
れ,フローリー教授をはじめとした,このオックスフォード大学の研究者達の熱
意と情熱を汲み取られんことを。
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ペニシリン(その7):1941年患者への投与
ペニシリンの精製度をあげることが同時進行していた1941年には、チェンとアブラ
ハムは50単位/mgまで純度をあげた(現在は1800単位/mg)。
1941年1月 臨床試験に先立ちフローリーは永年協力関係にあった臨床医Caiensに
そのむね打電した。がしかし彼はDr.L.J.Wittsを自分ののかわりに紹介した。
フローリーはウイットとどのように実際やっていくのか相談していた。そこに若い
臨床医チャールズ。フレッチャー(Water Fletcher卿の息子)がドアをノックしてはい
ってきた。ウイットはこの話------ペニシリンの投与に適する患者をさがす-----フレッ
チャーにしたところその場で同意した。すぐにこの若い臨床医は患者を見つけた。
彼女の名はElva Akers、余命1〜2ヶ月の手術不能の癌患者であった。フレッチャーは
自分の立場を彼女に説明して同意をえた。
1941年1月17日。ウイットとフローリーの立ち会いのもと、100mgのペニシリンを
静脈注射。2時間以内に彼女は苦悶し身体の震えと体温上昇がみられた。当時は静
脈注射や輸血などではよくみられた現象(残存するごく微量の発熱物質による)だ。
フローリーもこの種のものだと思った。しかしその他の副作用はみられなかった。
このあとはクロマトグラフィーを使ってこの発熱物質は取り除かれた。その他、
ペニシリンは血液から早やかに腎臓をへて尿に排泄されるため、ゆっくりと注射
することが血中濃度の維持のために大切であることなどがわかった。胃酸で破壊
されるため経口投与は役にたたないが、十二指腸チューブで大量に投与すると十
分な濃度がえられることなどがわかった。
これらの予備試験をおえたあと、前の動物実験の成果を踏まえていよいよ細菌
感染の患者それもいままでの薬が無効な重症例に投与する段階に達したとフロー
リーはおもった。フレッチャーはすぐそれに適する患者をみつけた。
1例目:Albert Alexander、43才 警察官。
----------はじめは口角の小さな傷口であったが、その後ブドウ球菌と連鎖球菌の感染
----------が顔面の皮下組織へ拡大し、目と頭皮部までたっした。大量のサルファピリ
----------ジンで治療されたが、効果なく膿瘍部の切開と排膿をされた。
2月3日 左目が外科的に切除されたが。感染が右肩部、肺まで拡大。
2月12日 ペニシリン200mg投与しあと3時間毎100mgずつ投与。24時間以内に
-----------患者の状態はよくなり、つぎの4日間は排膿は減少し体温は平熱になる。
2月17日 右目はほとんど正常になった。がペニシリンを使い尽くした。
最後の3日間は患者の尿を回収しDunn Schoolに持ち帰って
ペニシリンを再生してつかったがそれも使い果たした。
つぎの10日間は健康回復しつつあったが----
3月始め 肺感染が再発。
3月15日 死亡。
次ぎの患者に投与するときはもっと十分な量のペニシリンを準備し、できれば
投与量が少なくてすむ子供を選びたいとフローリーはかんがえた。
2人目の患者:Arher Jones、15才男の子。
------------1月24日に大腿部に針を挿入する手術の後傷口から連鎖球菌感染をおこし
------------敗血症になる。スルフォンアミドで治療されたが効果なく悪化。
2月22日 体温103F、100mgペニシリン投与。その後5日間は3時間毎に投与。
最初の2日以内に平温になり、以後4週間平温の状態を保った、
そして感染巣のピンが外科的に除去された。
3人目の患者:Percy Hawkins、42才労働者、
------------背中に4インチの皮下膿瘍。腋下リンパ節の肥大と高熱。
------------膿瘍は深くブドウ菌の感染をおこす
5月3日 200mgペニシリン投与。あと最初の5時間は時間毎に。
5月7日 状態良好。ペニシリンを半量に減量。
5月10日 皮下膿瘍ほぼ消失す。
4人目の患者:John Cox 、4歳半男子
-----------5週間前に麻疹に罹患したあと、左眼瞼にseptic spots出現、眼窩へ拡大し頭蓋の
------------海綿静脈洞の血栓症おこす。2週間sulphapyridineで治療されたが効果なし。
5月13日 眼窩、顔面の腫大と髄膜炎の徴候あり半昏睡状態。ペニシリン100mgを時間毎
--------------二回投与。50mgを1時間毎4回。その後は5mg/hr
5月16日 顔面の腫れはひき良好。
5月19日 ほとんど改善
5月22日 おもちゃで遊ぶ。ペニシリン中止。
5月27日 突然の全身痙攣と意識喪失。
5月31日 死亡。 Dr. robb-Smithが剖検。死因は脳動脈破裂で感染のため
--------------血管が脆弱になったため。感染は治癒。
これは悲しい結末。ペニシリンは感染に有効だという疑いない事実を示してくれた。
しかし患者は死亡した。
5人目の患者:14才半の男子
5月6日 入院。ブドウ球菌による左大腿骨の骨髄炎と敗血症。Suphathiazoleで治療。
----------------左股関節の外科切開された。
6月6日 病状極度に悪化し腎臓に感染およぶ徴候あり。ペニシリン500mg投与,
---------------その後90時間で3.5g投与。
6月10日 改善
6月16日 ペニシリン連続投与中止
6月20日 まで間欠投与。合計17.2g
左股関節はもちろん感染で損傷うけたがその後は完全回復す。
6人目の患者:6か月の男子。
------------ブドウ球菌による尿路感染症で腎不全となる。スルフォンアミドが投与れ
------------たが、副作用で白血球減少おこし中止。
6月5日 重炭酸とともにペニシリン経口投与。
治療1週間で完全治癒す。
1941年8月号に、これらの治験はペニシリンの生産方法、その生化学、動物実験
とともにランセットに詳細に発表された。しかしこれらのドラマチックな結果もフ
ローリーを納得するにはあまりにも例が少なすぎた。もちろん統計学者を納得させ
るものでなかった。もっと大規模な治験が必要であった。だがそれはDunn Schoolが
作り得るペニシリンの量を遥かに超えていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Gwyn Macfarlane, Howard Florey- the making of a great scientist,
1980, Oxford University press. から翻訳。
質問,問い合わせ先:
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E-mail: keijihagiwara@gmail.com
ハムは50単位/mgまで純度をあげた(現在は1800単位/mg)。
1941年1月 臨床試験に先立ちフローリーは永年協力関係にあった臨床医Caiensに
そのむね打電した。がしかし彼はDr.L.J.Wittsを自分ののかわりに紹介した。
フローリーはウイットとどのように実際やっていくのか相談していた。そこに若い
臨床医チャールズ。フレッチャー(Water Fletcher卿の息子)がドアをノックしてはい
ってきた。ウイットはこの話------ペニシリンの投与に適する患者をさがす-----フレッ
チャーにしたところその場で同意した。すぐにこの若い臨床医は患者を見つけた。
彼女の名はElva Akers、余命1〜2ヶ月の手術不能の癌患者であった。フレッチャーは
自分の立場を彼女に説明して同意をえた。
1941年1月17日。ウイットとフローリーの立ち会いのもと、100mgのペニシリンを
静脈注射。2時間以内に彼女は苦悶し身体の震えと体温上昇がみられた。当時は静
脈注射や輸血などではよくみられた現象(残存するごく微量の発熱物質による)だ。
フローリーもこの種のものだと思った。しかしその他の副作用はみられなかった。
このあとはクロマトグラフィーを使ってこの発熱物質は取り除かれた。その他、
ペニシリンは血液から早やかに腎臓をへて尿に排泄されるため、ゆっくりと注射
することが血中濃度の維持のために大切であることなどがわかった。胃酸で破壊
されるため経口投与は役にたたないが、十二指腸チューブで大量に投与すると十
分な濃度がえられることなどがわかった。
これらの予備試験をおえたあと、前の動物実験の成果を踏まえていよいよ細菌
感染の患者それもいままでの薬が無効な重症例に投与する段階に達したとフロー
リーはおもった。フレッチャーはすぐそれに適する患者をみつけた。
1例目:Albert Alexander、43才 警察官。
----------はじめは口角の小さな傷口であったが、その後ブドウ球菌と連鎖球菌の感染
----------が顔面の皮下組織へ拡大し、目と頭皮部までたっした。大量のサルファピリ
----------ジンで治療されたが、効果なく膿瘍部の切開と排膿をされた。
2月3日 左目が外科的に切除されたが。感染が右肩部、肺まで拡大。
2月12日 ペニシリン200mg投与しあと3時間毎100mgずつ投与。24時間以内に
-----------患者の状態はよくなり、つぎの4日間は排膿は減少し体温は平熱になる。
2月17日 右目はほとんど正常になった。がペニシリンを使い尽くした。
最後の3日間は患者の尿を回収しDunn Schoolに持ち帰って
ペニシリンを再生してつかったがそれも使い果たした。
つぎの10日間は健康回復しつつあったが----
3月始め 肺感染が再発。
3月15日 死亡。
次ぎの患者に投与するときはもっと十分な量のペニシリンを準備し、できれば
投与量が少なくてすむ子供を選びたいとフローリーはかんがえた。
2人目の患者:Arher Jones、15才男の子。
------------1月24日に大腿部に針を挿入する手術の後傷口から連鎖球菌感染をおこし
------------敗血症になる。スルフォンアミドで治療されたが効果なく悪化。
2月22日 体温103F、100mgペニシリン投与。その後5日間は3時間毎に投与。
最初の2日以内に平温になり、以後4週間平温の状態を保った、
そして感染巣のピンが外科的に除去された。
3人目の患者:Percy Hawkins、42才労働者、
------------背中に4インチの皮下膿瘍。腋下リンパ節の肥大と高熱。
------------膿瘍は深くブドウ菌の感染をおこす
5月3日 200mgペニシリン投与。あと最初の5時間は時間毎に。
5月7日 状態良好。ペニシリンを半量に減量。
5月10日 皮下膿瘍ほぼ消失す。
4人目の患者:John Cox 、4歳半男子
-----------5週間前に麻疹に罹患したあと、左眼瞼にseptic spots出現、眼窩へ拡大し頭蓋の
------------海綿静脈洞の血栓症おこす。2週間sulphapyridineで治療されたが効果なし。
5月13日 眼窩、顔面の腫大と髄膜炎の徴候あり半昏睡状態。ペニシリン100mgを時間毎
--------------二回投与。50mgを1時間毎4回。その後は5mg/hr
5月16日 顔面の腫れはひき良好。
5月19日 ほとんど改善
5月22日 おもちゃで遊ぶ。ペニシリン中止。
5月27日 突然の全身痙攣と意識喪失。
5月31日 死亡。 Dr. robb-Smithが剖検。死因は脳動脈破裂で感染のため
--------------血管が脆弱になったため。感染は治癒。
これは悲しい結末。ペニシリンは感染に有効だという疑いない事実を示してくれた。
しかし患者は死亡した。
5人目の患者:14才半の男子
5月6日 入院。ブドウ球菌による左大腿骨の骨髄炎と敗血症。Suphathiazoleで治療。
----------------左股関節の外科切開された。
6月6日 病状極度に悪化し腎臓に感染およぶ徴候あり。ペニシリン500mg投与,
---------------その後90時間で3.5g投与。
6月10日 改善
6月16日 ペニシリン連続投与中止
6月20日 まで間欠投与。合計17.2g
左股関節はもちろん感染で損傷うけたがその後は完全回復す。
6人目の患者:6か月の男子。
------------ブドウ球菌による尿路感染症で腎不全となる。スルフォンアミドが投与れ
------------たが、副作用で白血球減少おこし中止。
6月5日 重炭酸とともにペニシリン経口投与。
治療1週間で完全治癒す。
1941年8月号に、これらの治験はペニシリンの生産方法、その生化学、動物実験
とともにランセットに詳細に発表された。しかしこれらのドラマチックな結果もフ
ローリーを納得するにはあまりにも例が少なすぎた。もちろん統計学者を納得させ
るものでなかった。もっと大規模な治験が必要であった。だがそれはDunn Schoolが
作り得るペニシリンの量を遥かに超えていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Gwyn Macfarlane, Howard Florey- the making of a great scientist,
1980, Oxford University press. から翻訳。
質問,問い合わせ先:
〒755ー0097
山口県 宇部市 常盤台1丁目20−2
上宇部こどもクリニック 萩原啓二
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ペニシリン(その6):1940年マウスでの感染実験
彼らの得たペニシリンの抗菌力は重量換算でスルホンアミドの20倍も強力で
あった。
ここでチェンは不思議な行動にでる。ペニシリンの生化学分析が実験の
なのに、3月19日チェンはマウスに40~80mgのペニシリンを静脈注射した。
つぎに J.M.Barnesにたのんで、2匹のマウスに1mlずつ注射したがなにも
起こらなかった。しかしチェンにとっては『大変意義深い日であった』と
彼自身振り返って語ってる。
そのあと彼はフローリーに話した。フローリーは薬理学のJ.H.Burn教授
にマウスの注射をたのんだ。
『フローリとジェニングがサンプルをもってきて マウスの尾っぽ
の静脈注射を頼みに来た。静脈注射したがマウスになにもおこら
なかった。それが何であるのか何のためか説明なかった 』
次ぎの2ヶ月のあいだにフローリーはDr.Jennings, Kentらと動物実験をおこなう。
動物種:ラット、マウス、兎、猫
投与経路:静脈注射、腹腔内注射、皮下注射、経口投与、胃チューブ
十二指腸チューブで投与。
それぞれの投与後の血中濃度と持続時間の測定をされた。胃で破壊されるが、
十二指腸チューブで投与すると小腸から吸収される。ペニシリンは血液中より、
1〜2時間で早やかに消えそして尿中に排泄される。
毒性試験:白血球でおこなわれた。1 in 500の濃度でも影響なし。組織培養細胞
でも影響なし。
Dr.Gardner と Miss Orr-Ewingはどの細菌がペニシリンに感受性をもっているのか
しらべた。淋菌gonococcus,髄膜炎菌meningococcus,ブドウ球菌staphylococcus,
連鎖球菌streptococcus,炭疽病菌anthorax bacillus,actinomyces,破傷風、ガス壊疽
をおこす微生物に効くことがわかった。大葉性肺炎やジフテリアを起こす菌は
濃度1:200,000で阻止される。チフス菌は毒性レベルに近い濃度で効果あるが,
結核菌は効かない----------。
Gardnerはペニシリン存在下での細菌を観察し、膨れて長くなるが、分裂せずに
バーストし死ぬ。ペニシリンはおそらく細胞分裂の過程をブロックするのであろ
うと考えた。
そしていよいよマウスをつかって、ペニシリンの動物実験をおこなった。
ヒートレイの実験ノートにつぎの記録がある。
1940年5月25日.8匹マウスをつかった。まずマウスにとって致死量
の連鎖球菌 110,000単位を腹腔内投与する。
そのあと4匹にはペニシリン投与する、あと半分はコントロールと
して投与しない。投与しない4匹は14時間以内に死亡。
10mg投与した2匹は4日、6日生きた。さらに5mgの連続5回投与
した2匹は6週、13週それぞれ生きた。
つぎの月曜日 10匹で実験開始
火曜日 16匹で連鎖球菌の投与量2倍にして実験開始。
ペニシリンは効果あるのがはっきりとわかった。
マウス75匹で実験:50匹投与,25匹コントロール。
マウス50匹で実験:連鎖球菌の投与量3倍にして。
マウスでブドウ球菌,ガス壊疽の菌をつかって実験。
1940年8月 これらのマウス実験結果はランセットに”Penicillin as a chemotherapeutic
agent"という題で発表された。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Gwyn Macfarlane, Howard Florey- the making of a great scientist,
1980, Oxford University press. から翻訳。
あった。
ここでチェンは不思議な行動にでる。ペニシリンの生化学分析が実験の
なのに、3月19日チェンはマウスに40~80mgのペニシリンを静脈注射した。
つぎに J.M.Barnesにたのんで、2匹のマウスに1mlずつ注射したがなにも
起こらなかった。しかしチェンにとっては『大変意義深い日であった』と
彼自身振り返って語ってる。
そのあと彼はフローリーに話した。フローリーは薬理学のJ.H.Burn教授
にマウスの注射をたのんだ。
『フローリとジェニングがサンプルをもってきて マウスの尾っぽ
の静脈注射を頼みに来た。静脈注射したがマウスになにもおこら
なかった。それが何であるのか何のためか説明なかった 』
次ぎの2ヶ月のあいだにフローリーはDr.Jennings, Kentらと動物実験をおこなう。
動物種:ラット、マウス、兎、猫
投与経路:静脈注射、腹腔内注射、皮下注射、経口投与、胃チューブ
十二指腸チューブで投与。
それぞれの投与後の血中濃度と持続時間の測定をされた。胃で破壊されるが、
十二指腸チューブで投与すると小腸から吸収される。ペニシリンは血液中より、
1〜2時間で早やかに消えそして尿中に排泄される。
毒性試験:白血球でおこなわれた。1 in 500の濃度でも影響なし。組織培養細胞
でも影響なし。
Dr.Gardner と Miss Orr-Ewingはどの細菌がペニシリンに感受性をもっているのか
しらべた。淋菌gonococcus,髄膜炎菌meningococcus,ブドウ球菌staphylococcus,
連鎖球菌streptococcus,炭疽病菌anthorax bacillus,actinomyces,破傷風、ガス壊疽
をおこす微生物に効くことがわかった。大葉性肺炎やジフテリアを起こす菌は
濃度1:200,000で阻止される。チフス菌は毒性レベルに近い濃度で効果あるが,
結核菌は効かない----------。
Gardnerはペニシリン存在下での細菌を観察し、膨れて長くなるが、分裂せずに
バーストし死ぬ。ペニシリンはおそらく細胞分裂の過程をブロックするのであろ
うと考えた。
そしていよいよマウスをつかって、ペニシリンの動物実験をおこなった。
ヒートレイの実験ノートにつぎの記録がある。
1940年5月25日.8匹マウスをつかった。まずマウスにとって致死量
の連鎖球菌 110,000単位を腹腔内投与する。
そのあと4匹にはペニシリン投与する、あと半分はコントロールと
して投与しない。投与しない4匹は14時間以内に死亡。
10mg投与した2匹は4日、6日生きた。さらに5mgの連続5回投与
した2匹は6週、13週それぞれ生きた。
つぎの月曜日 10匹で実験開始
火曜日 16匹で連鎖球菌の投与量2倍にして実験開始。
ペニシリンは効果あるのがはっきりとわかった。
マウス75匹で実験:50匹投与,25匹コントロール。
マウス50匹で実験:連鎖球菌の投与量3倍にして。
マウスでブドウ球菌,ガス壊疽の菌をつかって実験。
1940年8月 これらのマウス実験結果はランセットに”Penicillin as a chemotherapeutic
agent"という題で発表された。
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Gwyn Macfarlane, Howard Florey- the making of a great scientist,
1980, Oxford University press. から翻訳。
Sunday, September 19, 2010
ペニシリン(その5):ペニシリンの抽出
まずはじめは、培養液のろ過は使用済みのパラシュートの絹が利用された。
つぎに、低温で酸性化しエーテル(後にはアミルアセテート)と混合振蕩。
後者は低温室でおこなわれたが、その作業は大変であった。
ヒートレイはこれを改良して "counter-flow exchange" と呼ばれる方法を用
いた。酸性化した培養ろ液を、長いチューブの上流からながす。下流から
エーテルを上流にむかって上昇させる。お互いの液面がこうして最大限に
接触する時間がゆくられる、そのあいだにペニシリンがエーテル層に移行。
エーテル層を集め、今度はそれを下流にながす、一方アルカリ水を上昇さ
せる。そしてアルカリ水を集め、"freeze-drying"する。この凍結乾燥法は、
1935年アメリカで開発されミルク、血漿、有機物資に応用された。液体窒
素かアセトンドライアイスで低温化した状態で真空にすると、水分は蒸発
し粉末状態になり長期保存にたえる。
1940年3月中旬にはチェンはこうして、ペニシリン100mgあつめた。
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Gwyn Macfarlane, Howard Florey- the making of a great scientist,
1980, Oxford University press. から翻訳。
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